第41章   舞台から集中治療室に運ばれる

舞台から集中治療室に運ばれる。脳梗塞で1ヶ月休む。このとき光に包まれるような無上の幸福感を体験する。そして20年間の運転手をやめられた。

 

【具体的内容】

 

2010年の3月28日目黒の喜多能楽堂で「楊貴妃」の舞台があった。この前日に師匠から、師匠のお弟子さんに渡す手附けを書くように言われほぼ徹夜で仕上げていた。

 

舞台につき少し腹痛がきついように思ったが舞台前の緊張なのか気のせいなのか判断がつかなかったことが前兆だったのかもしれない。

 

舞台に上がり少しして左左手が重くなり急に汗がボタボタと落ち始めた。地謡から見ても楽屋の脇から見ている人からも様子がおかしいと見えたらしく 後ろに後見をしていた先輩が来て舞台から引くように言われた。それでも最後までは勤めたいと思っていたが左手もきかなくなり舞台の切戸口から引かされた。その日は3曲あったので早く来ていた後の小鼓方が途中から代役をしてくれたということを後から聞いた。

 

舞台から引かされた後はしばらくしてまたその舞台に戻るつもりであったが、 意識も朦朧としてきていた。しばらくすると救急車が到着しストレッチャーに乗せられ救急車に乗った。

 

その時に「43歳男性右麻痺脳梗塞の疑いあり」という声が聞こえてきた。その時にはもう舞台も復帰できない、家族とももう会えないかもしれない、障害が残って仕事もできなくなってどうやって生きていくのかと言う不安が一気に襲ってきた。それがしばらくするとだんだん薄らいで暖かい光の中につつまれるような感覚になった。小学校の時に土手から自転車で降りた時、交通事故にあった時と同じような光につつまれる感じだった。そして今までに感じたことのないような幸福感に包まれた。「もう何もしなくていい 」心配がそんな気持ちに変わっていたことまでは覚えている。

病院に着いてから師匠と家族も病院に来ていたストレッチャーで運ばれながらただひたすらに舞台に穴を開けたことを「申し訳ありません」と言っていた。その後はもう意識がなくどうなったかは覚えていない。

 

「葬儀屋さん、まだなの」という声で目が覚めた。そこは集中治療室だった。チューブに繋がれた老人が一番初めに目に入った。 集中治療室から一般病棟にうつると頭の手術をした人や集中治療室から出てきた人と同室だった。回転の速い病室で毎日人が出て行き人が入ってくる輪廻の縮図のような不思議な感じだった。

 

【感じたこと】

 

 人生の転機は自分で計画的にやってくるのではない突然終了することもあるということを感じた。

 

【 気づき 】

 

 日々悔いのないように生きることが一番の幸福ではないかということに気づいた。

【 学 び 】

一週間の入院で退院した時はフラフラになっていた。退院の時に家族が迎えに来てくれるかと思ったがそれは虫のいい話で妻からは娘のスイミング荷物があるので 迎えに来るように言われた。自分にとっては大きいことだが他人にとっては特別変化のないものだと痛感した。それなので入院したことも大げさに捉えるのをやめられた。

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森澤勇司(もりさわゆうじ) 能楽師小鼓方 1967年東京都生まれ。 テンプル大学在学中に見たこともない能楽界に入門し32歳で独立。 1500番以上の舞台に出演している。 43歳で脳梗塞で入院、 退院後、うつ状態克服のため心理学、脳科学を学ぶ。 復帰後は古典的な能楽公演を中心に活動している。 著書『ビジネス番「風姿花伝」の教え』 明治天皇生誕150年奉納能、 映画「失楽園」、大河ドラマ「秀吉」に 能楽師として出演。 2014年 重要無形文化財能楽保持者に選出される もっと詳しく知りたい方はこちら