腕が!切り落とされました!

腕が!切り落とされました!

 

こんにちは。
森澤勇司です。

400年前と今の常識の違い

「秀吉の能楽師」の最後に衝撃的な場面が、、、腕を切り落とされる場面です。小説の中に出石弥兵衛(いずしやへい)という小鼓方がでてきます。堅実な打ちてだったのですが、この日ちょうしが悪かったそうです。

機嫌を悪くした秀吉が途中でやめ、出石を庭に下ろすよう命じます。そしてその後、指に痛みがあると言い訳した途端にこの場面です。「さようか。ならば、こうしてやろう」バサッ!!後日、出石弥兵衛は養生が悪く死んでしまいます。いまならば超パワハラで大変なことでしょうが、時代の常識というものはいつも変わります。
↓この場面!
この小説です。

時代が変わるとどんな制裁があるのか

時代の常識は有るわけですが、時代が変わっても自分に返ってくるものが「言い訳」だと思っています。同じような場面で出石弥兵衛は外的な腕を着られるという制裁を受けました。現代だったら腕を切られることはなくても信頼関係だったり、契約関係があるならば言い訳すれば縁が切れるので、腕なのか関係なのかいずれにしても何かが切れてしまうわけです。

これは現代のほうが厳しいと思うこともあります。この当時、秀吉に仕えていた能楽師はサラリーマンです。出石弥兵衛は現代では腕は切られないでしょうがリストラや、減俸、解雇などフリーになるのかなにかされてしまうのです。逆にフリーの場合だったら人に見向きもされなくなるということもあるかもしれません。それでもやり続ける先に見えるものは続けた人しかわかりません。

実際に音が出なくなるとどうなるのか

音楽家にも実際にいろいろな疾患があるもので、、私自身38歳のときにほとんど音が出ない事があり、自分自身でも広い会場はできるだけさけで仕事を受けていたことがありました。小鼓方の音が出ないというのは死活問題ですから朝7時位から夜中の3時位まで鏡の前でフォームの矯正をしようとひたすら打っていたことがあります。この時の時間間隔は不思議なものでした。仮眠しているような状態で鏡の前に座ってそろそろ休憩しようか、、と思うと夜中の3時になっている。苦情の電話が入って時間に気がつく、ようなほんとにこのまま一生かと思うような早い時間の流れがありました。

腕があれば続けられる

そんな苦情の中でヒントになったのが「うるさい」という言葉でした。この一言でひらめきました。早速、稽古用の小鼓を作っている方に連絡して「ならない革」を作ってもらいました。作ったこと無い、、まあ当然ですので、既製のものと材料を入れ替えるだけでできるように、材料を自分で調達して工場に送りました。不具合があっても一切苦情は言わないという約束で出来上がったのがこれでした。

これは今でも使っているのですが、とにかく力を抜く、無駄な力が入らないようにするには最適です。なぜなら演奏に使うような音がそもそもならないからです。ちょうど網戸を手で打ったような音量です。胴の芯に入ったときだけキーンと言うような微かな抜ける音がします。13年たったのでのりが変色して茶色くなってきたのが本物の革っぽくていい感じです。

ほんとに切羽詰まっているときというのは頭の働きが悪くなるもので、7時から3時まで20時間も正座していたら足が痛くなるのに代替え案を考えようともしないで痛みに耐えているのです。音を鳴らしたい→フォームが悪い→時間をかければ良くなる→時間をかける。こんな循環ですから何の終着点もない山手線にひたすら乗っているようなもので堂々巡りとはまさにこのことです。

間逆な発想に役立ったのは、ふと見つけた写真のネガです。真逆にしてみる。音は鳴らさない→ホームは良い→時間をかけても良くならない→時間をかけない、という置き換えてみると問題自体が関連性のないものだと言うことにきがつきます。

秀吉の時代だったら自分の腕は38歳のときに切り落とされてなくなっていると思えば、命をもう一つもらったようなものです。生かされている命を活用するためにも「このならない革」は活躍しています。夜中にちょっと思いついてしまったとき寝て起きたときやトイレに行くついでにパッとひらめいた曲の表現や手の動かし方など「あっそうだ」と急に思い出すようなときにすぐ使えるようにしてあります。

簡単ではないが決めてしまうこと

簡単ではないですが不利な状況jに陥ったときも、自分の人生においては必要なことを見つけられるチャンスだと決めてしまうのが究極の危機管理です。人から発せられる言葉は神の声の代弁です。きついなと思っても世間ではそう思っている人もいるんだということが判るチャンスです。腕を切られるというのは当時の制裁であり良い悪いの議論は死体人がすれば小説の物語です。現代は腕を切られない次の日に心を入れ替えて精進する事ができる時代です。「一生の終わりだ」と思うことがあっても「一章のおわり」なだけです。第二章に進んで行けるように準備して行きましょう。

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この記事を書いた人

森澤勇司(もりさわゆうじ)
能楽師小鼓方 1967年東京都生まれ。 テンプル大学在学中に見たこともない能楽界に入門し32歳で独立。 1500番以上の舞台に出演している。 43歳で脳梗塞で入院、 退院後、うつ状態克服のため心理学、脳科学を学ぶ。 復帰後は古典的な能楽公演を中心に活動している。 著書『ビジネス番「風姿花伝」の教え』 明治天皇生誕150年奉納能、 映画「失楽園」、大河ドラマ「秀吉」に 能楽師として出演。 2014年 重要無形文化財能楽保持者に選出される