日本書紀完読に向けて四週目聖書もあわせてすすめます【日本書紀4】
04①ー4 0127
124→129
130→135
136→141
142→147
148→153
154→159
諸説あってもやはり返事がないということには大きな代償がある。
また他界した人に似ているということを、言葉に出すことも忌み嫌われるものだという事がわかった。
日本書紀というのは受取側の一般的な心と行為の関係が説かれているように感じる。生活に反映させれば自分の思い込みによる無用なトラブルが極小になる気がする。
猿田彦大神の描写が星座との関連を感じさせる。
天鈿女の姿も武装せず飾らずに相手に向かうという「腹を割って話す」ということに通じているように思う。
対人関係の態度に取り入れられる例えが満載されていて嬉しい。
天孫降臨の天壌無窮の神勅の展開に臨場感がある。
猿田彦と天鈿女命はよいパートナーに感じた。
天孫が降る場面に「大祓詞」の文言がある。
「槵触峯」が044の湯爪櫛と筍に通じているように感じた。
今週の範囲ではないが「浮渚在平処」が能「羽衣」の根底に天孫降臨が折り込まれている事が実感できた。
経津主神、武甕槌神が岐神に案内され各地を平定する場面で反対勢力を全滅させる。古事記の講座などでは日本は和の国だというようなことが多く語られるが、書いていないだけだと思う。日本書紀では反対勢力は皆殺しにして平定している。どちらかというと古代日本も三国志のようなイメージのほうがあっているように思う。
また現在でも乃木神社、東郷神社など権力者が神として祀られている。鹿島、香取もできた当時は武勇に優れた人を祀ったところから始まったのかと長い年月が立ってもつい何年か前のことのように臨場感を感じる。
また高皇産霊尊のむすめとの間に天照国照彦火明命が生まれるのも興味深い。当時としてはかなり大事な系譜だったと思う。
能の中にはアマテラスオオミカミという読みはなくテンショウダイジンかアマテルオオンガミになる。アマテル男神を解く説はこの天照国照彦火明命という名前もかなり深く関係している。
ここは複雑なので何度か読み返して理解を深めたい。
イワナガヒメ、木花咲耶姫姉妹の逸話は聖書のイサクの伝承と近いものがある。現代でも長女と次女というキャラクターに反映されているように思う。
海幸、山幸の件はこの後、かなり長い。ホツマツタエのウガヤフキアワセズもウエツフミ もここはかなり長い。全部出来てから2巻を海幸、山幸の別伝に置き換えたのではないかと思うくらい他と比べて長く感じる。
彦火火出見尊は鹿児島の高屋山陵に祀られている事を知る。他にも候補地は多いようだが現代に至るまで伝承が生きている事が素晴らしい。
天大耳尊と神皇産霊尊のむすめの間にニニギが生まれたという説が興味深い。
大祓詞の奥に広がる景色がイメージできるようになった。
「ことといし、いわねきねたち、
草のかきはをも事やめて、
あまのイワクラはなち、」
聖書の木の例えのところも連想させる。人はどこに住んでいても生物としての特徴から、似た例えを使うことがあるように思う。
「木々が、だれかに油を注いで 自分たちの王にしようとして まずオリーブの木に頼んだ。 『王になってください。』 オリーブの木は言った。 『神と人に誉れを与える わたしの油を捨てて 木々に向かって手を振りに 行ったりするものですか。』 木々は、いちじくの木に頼んだ。 『それではあなたが女王になってください。』 いちじくの木は言った。 『わたしの甘くて味のよい実を捨てて 木々に向かって手を振りに 行ったりするものですか。』 木々は、ぶどうの木に頼んだ。 『それではあなたが女王になってください。』 ぶどうの木は言った。 『神と人を喜ばせる わたしのぶどう酒を捨てて 木々に向かって手を振りに 行ったりするものですか。』 そこですべての木は茨に頼んだ。 『それではあなたが王になってください。』 茨は木々に言った。 『もしあなたたちが誠意のある者で わたしに油を注いで王とするなら 来て、わたしの陰に身を寄せなさい。 そうでないなら、この茨から 火が出て、レバノンの杉を焼き尽くします。』
士師記 9:8-15 新共同訳
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