230年前のインフルエンサー
230年前のインフルエンサー
仏教やお寺は欽明天皇の時代に公式に普及したと記録されています。
最近の教科書は「仏教伝来」ではなく「仏教公伝」と言葉が変わってます。非公式には入ってきていたという事ですね。
現在、日本で使っているグレゴリオ暦は明治から一般に普及しました。
誰も知らない暦を突如として強制したわけではなくて江戸時代一部のいけてる方々はグレゴリオ暦を使っていました。
長崎の外国人が太陽暦の元日を祝うことから「おらんだ正月」と呼ばれていました。
平安時代から現在まで、いつの時代も海外の文化に興味を持つ人はいるものです。
太陽暦の1月1日「おらんだ正月」を江戸でも知られるようになっていました。
残っている記録を見ると1794年
230年前には幕府の通訳 吉雄耕牛という人が江戸で「おらんだ正月」の宴会をしていた記録があります。
現在、月曜、火曜、、などの曜日は当たり前のように使っていますし、幼稚園の子でも知ってます。
かつては陰陽師の伝承によるものでした。
今は、江戸時代は当たり前だった太陽太陰暦は旧暦と呼ばれてます。
六曜、九星、二十八宿、など天体とは関係なく計算で出すようになった暦やマヤ暦などさまざまな暦が書店でもインターネットでも簡単に手に入るようになりました。
世間に知られていない少数派の知識があるとなんとなくいけてる感じがする
現在、1月1日に「正月祝っちゃった!!」とこ「元日に休んで酒飲んじゃった!!」と自慢しても特に驚かれる事ではありません。
逆に「旧正月祝っちゃった!!」と言ったら「中国人?」とか言われそうです。
いつの時代も少数派の方が神秘的な感じがするのでしょうか。
昨日、clubhouseの初期の話が出ました。iphoneでしか使えないアプリで2名までの紹介制でした。
バッと人が増えてAndroidでも使えるようになってさらに増えるかと思いきやさほど増えなかったようです。
iphone買うのに並ぶ人がいてもAndroid買うのに並んだ話は聞きません。
そんな話を聞くと今iphoneを使っている人が江戸時代にいたら「おらんだ正月」に集まってそうだなぁと頭に映像が浮かんできました。新しいものやまだ広まっていないものに興味がある人っていつの時代もいるものです。
私もよく旧暦に関することを話題にします。だからといって旧暦信者というわけではありません。語っている時代にあってない話には違和感を持ってます。
『万葉集』『源氏物語』『能楽』をはじめ神社やお寺の行事に至るまで江戸時代に作られたものの多くは「月」に関わるものが多いです。
その背景になった暦があってないと意味がわからない部分が増えていきます。日付と月齢がリンクしているような事柄です。日本の文化を大切にしたいというのに、ローマ教会の暦で神事をするのが常識と思っていれば広めれば広めるほど日本の文化は崩壊していきます。
明治維新を進めていた方々も西洋の暦を取り入れなければいけないと主張する人もいたでしょう。郵政の父 前島密や福沢諭吉は漢字廃止論も推進していました。
その結果、神事の意味が消えていくというところまでは考えていなかったようです。100年後には大丈夫でも200年後にはダメなこともある。
日本の伝統文化も始まったときは少数派の変わった人たちから広まっています。消滅したものも数多くあります。
伝統の継承について世阿弥の『風姿花伝』にはこんな言葉を残しています。
「家、家にあらず。継ぐをもて家とす」
目新しさの楽しみは理由がいらない。大切にしていることを伝統と言い始めると面白さよりも「理由」や「意味」をなんだかくっつけたくなってくる。
深みや重みを理由なく楽しめるようになるといいですね。
※画像はAIで生成しました。
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