文句を言いたくなったら役割を確認する【養老】
能の最後の部分を「キリ」と言います。
能「養老」のキリにはこのような言葉があります。
能「養老」
「君は船、臣は水。水よく船を。浮かめ浮かめて。臣よく君を仰ぐ御代とて幾久しさも盡きせじや盡きせじ。、、、、」
「上澄む時は下も濁らぬ、、、、」
水は穏やは平和の象徴ですから穏やかな方が好ましい。
水が荒れると大ごとです。船は目的地に行くことも困難になります。
転覆してしまうかもしれません。
こう思うと自然界をコントロールするのは脅しや命令ではできないですね。
君主は徳で治めないと沈んでしまうと言う感覚。
君は船、臣は水
今も昔も変わりなく人の気持ち。特に敬う気持ちというのは強制はできないものです。昨今もリーダーシップについて考えさせられる出来事がありました。
意思表示を強く示すことと、圧力をかけることの違い。これも直接的な縦社会なら心が痛むほど参ってしまうこともあります。
そうでなければどんなに強い口調で言われたところで「へ〜そうなんですね〜」と流すこともできます。真面目な人ほどガチっと受け止めて強い反論してしまうこともありますね。
周りがイエスマンばかりになると困ることもふえてきます。
秦の始皇帝は晩年、不老不死の薬として水銀を飲んでいたという説があります。
水銀中毒になりおかしくなっても周りが止めることができない。結果、自らを滅ぼしてしまいました。
『易経』の反発の象徴、「睽(けい)」があります。
ただただ意見が合わないのはストレスですね。左足と右足のようにそれぞれ見れば全く逆のように見えて同じ方向に進んでいくために反発し合っている状態があります。
水もピタッと動かなくなっては船も進みにくくなります。よい状態の切磋琢磨、進む方向を確認した上での意見交換など
船の進む方向がはっきりわかると水も強力的に動きやすくなってきます。
コミュニティーでお互いの役割が変わったらそれぞれの役職に応じた意思表示をするのが吉ですね。
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