3600分の1
3600分の1
7月21日りゅうとぴあ能楽堂
本日は新潟で「船弁慶(ふなべんけい)」です。
能楽の舞台はゲネプロという通し稽古がありません。
主要な部分だけ実際に舞台でして確認したり修正、調整する「申合せ(もうしあわせ)」がある時は一回。
「道成寺」や老女物と言われる特別な曲で何度か稽古することはあります。
出入りや装束など本番同様にしたことは未だ一度もありません。
そういうと
「決まった事だけしているんですね」
と思われます。
本日、勤める「船弁慶」の演奏のためのスコア譜をつくるとしたら3600通りになります。
▶︎シテ方→「船弁慶」では静御前、平知盛、コーラス担当
5流、台本の言葉、節、舞の寸法など違います。装束の付け方、使用する能面も違います。
▶︎ワキ方→「船弁慶」では弁慶
3流、台詞、節付けが違います。
▶︎狂言方→「船弁慶」では船頭
2流、海が荒れる場面の型、言葉違います。
▶︎笛方3流
→舞の笛、キーが違います。
▶︎小鼓(こつづみ)方4流
→謡のなか、出囃子、など手組みが違います。
▶︎大鼓(おおつづみ)方
→小鼓同様
▶︎太鼓方2流
→同じ曲でもフレーズが全く違います。笛、小鼓、大鼓は太鼓に合わせてフレーズを変えます。
かなりざっくりですが組合せでやる事が全く変わります。
シテ5×ワキ3×狂言2×笛3×小鼓4×大鼓5×太鼓2=3600通りになります。
同じ流儀でも地域によりは全く違うこともあります。
海が荒れて船頭が波を払う場面では、小鼓、大鼓で波を表現する「ナミガシラ」というフレーズをうちます。
東京では「遠山の金さん」のように着ているものの肩を脱いでから「ナミガシラ」という台本になってます。
別の地域では肩を脱がない、足を鳴らしてからなど、流儀だけでなく家によっても変わります。
大鼓も流儀によって音を鳴らすところ鳴らさないところが違うので知らないと引っかかるところです。
小鼓も流儀によりフレーズが変わります。私の流儀では3回のナミガシラのうち、2回めは長い手組みを打つことになってます。
これは大鼓と申合せしておかないといけません。予告なく勝手にのばすのは反則です。
東京では笛は吹きませんが、吹く流儀や口伝があったりバリエーションはかなりあります。
また通常の演出以外に音楽的な演出が変わったり、船頭が早装束と言って幕に入った瞬間、装束が変わり走って出て来たり
また義経は子どもが勤めることが多いですが、大人がする事もあります。
同じ「船弁慶」でも軽く1000パターンは超えて来ます。
授業中に主要なパターンは全部できるように稽古しますが、とても生きているうちに舞台で経験することはできません。
20代の時は自分の勤める組合せのスコア譜を毎回書いてましたが、今は頭の中で組み立てます。
たまには書いて確認しなくちゃいけないなぁと思っていたところにコロナ禍になりました。時間ができたので人の稽古に使うスコア譜は全部手書きにして色々なパターンがおさらいできました。
簡単そうに見える事はなかなか簡単にはできません。
とはいえ、それを簡単そうにする事も大切です。
世阿弥は簡単に見える事をこんなふうに言ってます。
⭕️「至て深きは浅きに近し」
本当に深く習得していると簡単にしているように見える。
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『超訳 世阿弥』
168万とは一つの力
「万」の字は「一」「力」でできている。めでたさ、恋ごころ、美しさ、悲しさもすべて「めでたさ」を表現する基礎の力から生み出される。
⭕️どの表現も習得してしまえば全部が基礎の範囲ということになる。
この安定的な表現は最高の作品を生む。そして始めの基礎の感覚に戻るので一の力と言えるのだ。これは技術を身につける第一の目標である。目的に向かう習慣の段階を守っていくことが大切なのだ。
『五音曲条々』
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簡単に見える事が簡単とは限りませんね。
とはいえ楽しんでやれば永遠に楽しめます。長く続いているものを長くやりたい方には最適です。
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