霊魂の社会的認知

朝活に加え毎週日曜日はclubhouseで『日本書紀』をしています。
本日は十二代 景行天皇の御代、ヤマトタケル尊の最後の場面でした。
天皇も十二代ですから年号の入った歴史の記述です。
それでもヤマトタケル尊は神話的な要素の強い物語です。
遠い昔のようで現代にも通じる記述も多いです。
草薙剣が熱田神宮に祀られたこと
→現在も祀られています。
伊勢神宮に献上した蝦夷が木を切ったり騒いだりするので近隣住民が怖がっている。
→移民問題
これは5箇所に分割され佐伯さんのルーツになっていきます。
ヤマトタケル尊を葬った陵を見ると中が空っぽになっていた。白い鳥になって飛んでいってしまう。
→飛んでいった先も含めて三箇所の陵が宮内庁で管理されている。
2世紀付近の神話的な事柄が現在も莫大な予算で管理されています。
ここで思い立ってジョセフ•キャンベル著『神話の力』を開いてみました。
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『神話の力』ジョセフ•キャンベル著
現代の問題のひとつは、人々が精神ないし霊魂について書いたものにあまりよく通じてないことです。私たちはきょうのニュースに、いまこの時間の問題に興味を持ちます。
昔の大学は一種の閉鎖された脱俗社会でして、そこでは同時代のニュースが教授や学生の内面的生活に対する精神の集中を妨げることはなかった。
またそんなニュースが、私たちの偉大な伝統のなかに受け継がれているすばらしい人類の遺産-つまり、私たちの生活の枠組に関わる永遠の価値について語ってきたプラトン、孔子、ブッダ、ゲーテなどなど!への強い関心を侵害することもありませんでした。
私たちが年をとり、目先の諸問題は全部だれかが引き受けてくれるというので、ようやく内面生活に目を向けようとするそのとき、内なる生はどこにあるのか、どんなものか、わからないとすればみじめでしょうね。
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霊魂や魂というとスピリチュアルと分類されます。その割には神社やお寺にこだわる人もいて肯定と否定が両立されているような不思議な共存があります。
善悪不二と思えば肯定も否定も認識しているところで共通しているのかもしれないですね。
※画像はAIで生成しました。
ヤマトタケル尊の白鳥、御祭神の神社と関わりのある「酉の市」を連想した熊手です。
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