【問】小鼓の稽古で必ず得られるものはなんですか

【問】小鼓の稽古で必ず得られるものはなんですか

小鼓の稽古を続けて得られるものは人それぞれだと思いますが、これだけは必ず全員が体得できる物があれば教えてください。

【答】「時間感覚」と「肯定形の言葉」を使うことが体得できます。

能楽の小鼓の特徴は、ビートを刻まない演奏方法にあります。簡単に言えば鳴らさない部分が多いのです。そこで必要になるのがしっかり「止まること」打つ場所に来たら躊躇せずに「打つ」この2つになります。「静」と「動」の円滑な切り替えの連続です。この「静」と「動」を切り替えるために必要なことが「時間感覚」と「肯定系の言葉」の2つです。当会の稽古場では「時間感覚」「肯定系の言葉」はすぐに取り組んでいただきます。

どういうことかそれぞれに解説を付け加えておきます。

時間感覚

「時間感覚」を別の言葉で言うとタイミングです。

同じ音を鳴らすにしてもタイミングが良ければ効果的ですし、先に行ったり遅れたりすれば効果的ではありません。同じことをしてもタイミング次第で効果が変わります。小鼓を鳴らすのも左手と右手のタイミングです。ですから小鼓は音を鳴らすところから曲の演奏まですべてタイミングでできているといっても言い過ぎではないくらいタイミングが大切です。

さらに深掘りして「時間感覚」を分解すると「時」+「間」+「感」+「覚」という4つの漢字からできています。

「時」は一生をとしては「人生の転機」を表すものです。出生や死も時です。一年では「四季」能では「四つの時」という表現でよく登場します。日常では時刻、時間。舞台では一曲の始まりと終わり、そして一つの音を鳴らすタイミングまでこれらの総称が「時」です。

この時を整えるために一年なら年始、年末、一月なら月初、月末、一日なら24時間の配分、起きているときの時間配分、一曲の時間間隔、打つタイミングというように「時」の感覚は広くも短くも同じようなパターンを持っています。一日一生という言葉があるようにその人の持つ時間感覚は長期でも短期でもフラクタル構造とか自己相似になっています。

一生を練習して、何度も送ることはできません。その大切な一生を理想的な形にしていくために一曲のタイミングの精度を上げることによって人生のタイミングを理想的にすることに取り組んでいます。

肯定形の言葉

「肯定系の言葉」は小鼓に限らず日常でも気をつけている言葉グセです。小鼓は打楽器ですから「打つ」ところ「止まる」ところがはっきりしています。これが「打つ」「止まる」ではなく、「打つ」「打たない」という言葉を使うととたんにご動作が多くなってきます。

赤旗と白旗を持って「赤上げて、白上げないで、赤下げない」というゲームをしたことがあります。これも「肯定形の言葉」と「否定形の言葉」が混在しているために誤動作が起こります。ゲームとしては笑えますが、日常においては最悪の指示の仕方です。

「赤上げて、白上げないで、赤下げない」の動作は「赤上げて」のみです。余計な否定形がつくとかなり混乱することは感じでいただけるでしょうか。

小鼓で言えば「打つ、打たない、打つ」と言い方では「否定形」の「打たない」に反応してしまいますから「打つ、止まる、打つ」とすべて肯定形にすればなんの問題もありません。これは禅でも「猿のことを考えるな」と言われて猿のことしか考えられなくなった逸話があります。

また「否定形の言葉」が混乱を招くのは意思決定が曖昧な習慣がつくためです。喫茶店で「コーヒー以外のものをください」と言ったとします。飲み物に限定すればコーヒー以外のものはオレンジジュースや紅茶という飲み物になるかもしれません。しかしコーヒー以外は世間においては、それ以外のすべてのものです。犬や亀、すべり台もコーヒー以外に含まれます。

これは「音をださない」ということにおいてもおなじようにかなり脳に負担をかけているように感じます。小鼓を持っている前提なら「打つ」「止まる」と肯定形の言葉を使うことによって自分の手をコントロールしていくこともできるようになります。

また能舞台はリハーサルを全曲することは殆ど無く、本番のみの時間経過にそって進行します。ペーパーテストだったら「否定形の言葉」で言い聞かせることも有効なときもあります。時間が巻き戻せない舞台では「否定形の言葉」では対応ができません。

「ひとつ打って、つぎ打たないで、もうちょっとあとで、あっそこじゃない、打たないで、そこ止まらないで」

「ひとつ打って、止まる、そのままでいる、止まっている、はい打って」

このように時間経過の中では「肯定形の言葉」が必須です。

まとめ

小鼓の稽古で体得できる「時間間隔」「肯定形の言葉」の2つをご紹介させていただきました。「肯定形の言葉」については生活全部を肯定形にするという窮屈なものではなく、「肯定形の言葉」「否定形の言葉」を効果的に使い分けるようにする練習と捉えていただけると良いかと思います。

理想の能楽生活を楽しんでいきましょう!

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森澤勇司(もりさわゆうじ) 能楽師小鼓方 1967年東京都生まれ。 テンプル大学在学中に見たこともない能楽界に入門し32歳で独立。 2000番以上の舞台に出演している。 43歳で脳梗塞で入院、 退院後、うつ状態克服のため心理学、脳科学を学ぶ。 復帰後は古典的な能楽公演を中心に活動している。 著書『ビジネス番「風姿花伝」の教え』 明治天皇生誕150年奉納能、 映画「失楽園」、大河ドラマ「秀吉」に 能楽師として出演。 2014年 重要無形文化財能楽保持者に選出される

曲目目次

あ行 か行 さ行 た行 な/は行 ま/や/ら行
(あ)
藍染川

葵上
阿漕
芦刈
安宅
安達原
敦盛
海士
海人
嵐山
蟻通
淡路

(い)
碇潜

生田敦盛
一角仙人
井筒
岩舟

(う)
鵜飼

浮舟
雨月
右近
歌占
善知鳥
采女

梅枝
雲林院
(え)
江口

江野島

烏帽子折
絵馬
(お)
老松

大江山
鸚鵡小町
大社

小塩
姨捨
大原御幸
小原御幸
女郎花
大蛇
(か)
杜若

景清
花月
柏崎
春日龍神
合浦
葛城
鉄輪
兼平
賀茂
通小町
邯鄲
咸陽宮
(き)
菊慈童

木曾

清経
金札
(く)
草薙
国栖

楠露
九世戸
熊坂
鞍馬天狗
車僧
呉服
黒塚

(け)
現在七面

源氏供養
玄象
絃上
月宮殿

(こ)
恋重荷

項羽
皇帝
高野物狂
小鍛治
小督
小袖曽我
胡蝶

(さ)
西行桜
逆矛

桜川
実盛
三笑

(し)
志賀
七騎落
自然居士
石橋
舎利
俊寛
春栄
俊成忠度
鍾馗
昭君
猩々
正尊
白鬚
代主

(す)
須磨源氏
隅田川
住吉詣

(せ)
西王母
誓願寺
善界
是界
是我意
関寺小町
殺生石
接待
蝉丸
禅師曽我
千手

(そ)
草子洗小町
草紙洗
卒都婆小町
(た)
大会
大典
大般若
大仏供養
大瓶猩々
第六天
當麻
高砂
竹雪
忠信
忠度
龍田
谷行
玉鬘
玉葛
玉井
田村

(ち)
竹生島
張良

(つ)
土蜘蛛
土車
経正
経政
鶴亀
(て)
定家
天鼓

(と)
東岸居士
道成寺
唐船
東方朔
東北
道明寺

木賊
知章

朝長
鳥追船
鳥追
(な)
仲光
難波
奈良詣
(に)
錦木
錦戸
(ぬ)

(ね)
寝覚
(の)
野宮
野守

(は)
白楽天
羽衣
半蔀
橋弁慶
芭蕉
鉢木
花筐
班女

(ひ)
飛雲
檜垣
雲雀山
氷室
百万

(ふ)
富士太鼓
二人静

藤戸
船橋
船弁慶
(ほ)
放下僧
放生川
仏原
(ま)
巻絹
枕慈童
枕慈童(カ
松風
松虫
松山鏡
満仲
(み)
三井寺

通盛
水無月祓
身延
三輪
(む)
六浦
室君
(め)
和布刈
(も)
望月
求塚
紅葉狩
盛久
(や)
屋島
八島
山姥
(ゆ)
夕顔
遊行柳
弓八幡
熊野
湯谷
(よ)
夜討曽我
楊貴妃
養老
吉野静
吉野天人
頼政
弱法師

(ら)

羅生門
(り)
龍虎
輪蔵
(ろ)
籠太鼓