西方の極楽浄土はここなれや中将の名の弥生十五夜【當麻】
當麻寺に中将姫の伝説があります。能では「雲雀山」「當麻」に登場します。
天平19年8月18日(747年9月30日)- 宝亀6年3月14日(775年4月22日)
とされていますが當麻寺のホームページによると下記のようになっています。
「阿弥陀如来との約束通り、中将法如が29歳になった春。當麻寺では桜や梅、桃の花が咲き誇ったと言われています。その年の5月14日。阿弥陀如来とニ十五菩薩が来迎され、中将法如は極楽浄土への旅立だったと言われています。」
これは現代に法要をしていた日がそのまま掲載されているそうです。
ご供養のお祭りも日付が違うので不躾ながら、お寺に確認してみるとなんとご命日は「弥生拾五日」
5月14日というのは法要の日が記載されているようです。今年からは月遅れの4月14日に法要が執り行われるとのことでした。
伝説の空を再現するにあたって日付は非常に重要です。朔は新月ですから弥生拾五日ということはほぼ満月です。
Wikiに有るように西暦に直して天文ソフトでシミューレーションしてみると775年4月23日では少々月が欠けはじめています。計算方法も時刻法も変わっているので正確な置き換えは諸説出てきますが、拾五の満月に思いを馳せることにしました。

夕方日が沈み始めるところから再現していきます。

夕日が地平線に沈んでいきます。ここから明け方までの空の様子を再現していきます。
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日の沈んだ地平線に明るさが残り、星が天上に現れてきます。

この日は明るい恒星が西の空に夏待っています。

ほんの2時間ほどでほとんどが地平線に隠れていきます。

明るい星の集まりが消えて暫く経つと

月が西に移動してきます。

そして明け方に近くなるころに地平線に近づいてきます。

日の出の時間に近くなり月も地平線に沈みます。

そして次の日の朝になります。
如来と二十五菩薩に導かれて西方浄土に旅立った中将姫をおもう人々が空を感じながら経をあげていたのでしょうか。
伝説というのは比喩的なものが多いですが、実際の皮脂の空の様子をみていると如来と二十五菩薩が連れて行ったという人の思いは生きていると感じるのです。
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