遺族感情とバエスポット
『続日本紀』文武天皇、『聖書』サムエル記、ソロモン神殿ご完成するところまで、
『続日本紀』は道照和尚の葬儀にまつわること、玄奘三蔵に学んだ事が語られる。
水戸光圀が『水戸黄門』というドラマになったように、玄奘三蔵も『西遊記』になってエンタメ化されている。
歴史を学ぼうと思う時、『水戸黄門』で学ぼうという人はいないと思います。
ところが戦争のことは映画で学ぼうと言う人がいたり、演劇で学ぼうと言う人がいたり、エンタメと史実がごちゃ混ぜに語られる傾向があるように思う。
遺族会や慰霊祭に行って思うこと。
遺族というのはそれぞれに複雑な思いで参加している。
私の祖父はシベリア抑留だったので昭和20年8月15日が命日になっていた。
ペレストロイカで情報公開され昭和21年に亡くなった事が分かった。
終戦後は葬式もされた最後に帰ってきた方は昭和31年
家族が待ちつづけていたという美談もあるが、死んだという事で新しい家庭ができている人も少なくない。
そういう方々は「英霊」という薄っぺらい言葉は使わないし美談も語らない。
そして遺族会では代表者が「遺族一堂感謝してます。」のような挨拶をされるので複雑な感情は誰も持っていないことになる。
さらに徴兵というのは労働災害です。
会社だったら仕事にでかけて事故で亡くなった場合。
そこの社長に今までお世話になって有難うございます。感謝しかありませんと言うのだろうか?
憂国美談に酔い、涙を流している人はそれはそれで幸せな気がします。
靖国神社に参拝!とか叫んでいる人も千鳥ヶ淵戦没者墓苑や慰霊祭にはこない人がほとんど。
そういう現実からみると靖国神社もだんだん8月15日限定の憂国バエスポットになってしまっているように思います。
※画像は8月15日の千鳥ヶ淵戦没者墓苑です。
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