古代日本人と外国語
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朝活読書 vol.122 2011年1月14日配信
『古代日本人と外国語』
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◆《1》今日の一言
◆《2》今日の一冊
◆《3》編集後記
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◆〈1〉今日の一言 #122
「クヰヤウ?」
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◆〈2〉今日の一冊
『古代日本人と外国語』
東アジア異文化交流の言語世界
湯沢質幸 著
勉誠出版
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著者 湯沢質幸さんは筑波大学
名誉教授の文学博士です。
源氏物語「桐壷の巻」から高麗の相人と
帝は何語で話していたのかという
ところから考察がスタートします。
絵巻には通訳を介さず直接対面している
様子が描かれています。
「勧学院の雀は蒙求をさえずる」
という諺の「蒙求」も読み下し文ではなく
中国語に近い発音で音読されていたと
著者は語っています。
1134年の写本には発音を指示する点も
記載されています。
勧学院の外国語教師の考察など
資料も豊富です。
中国、韓国、ポルトガル、インド
など様々な外国人と交流していた
当時の日本人の様子を知る
手掛かりになると思います。
ぜひ読んでください。
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◆〈2〉編集後記
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今日もありがとうございます。
森澤勇司です。
「勧学院の雀は蒙求を囀る」は
「門前の小僧習わぬ経を読む」
などと類似の意味で使われていますが、
少々意味合いが違うような気がしています。
「門前の~」については文章のとおり
いつも聞いていたら覚えてしまったと
いう意味だと思います。
「勧学院~」で疑問に思う事は
当時のスズメの鳴き声です。
今では「チュンチュン」という事が多いですが当時は何と言い表していたのか
というところを推測しなくてはいけません。
例えば犬の鳴き声は「ワン」と
書くことが多いですが
当時の表記は「びょう」です。
能「白楽天」の中には鶯が歌を詠む
という記載が有ります。
いまでは
「ほーほけきょ」
と書かれている鶯の鳴き声が
「しょよーまい」「ちょーらい」
それを写し取ると
「初陽毎朝来」
詠んでみると
「初春の朝毎には来れども」
という歌になるという段階を踏んで
和歌に変換しています。
「蒙求」の中にも当時の雀の鳴き声
表した語と同じ発音が含まれていて
それを繰り返していたために
雀の鳴き声が「蒙求を囀る」
ように聞こえたのではないでしょうか。
発音の難しいところはそれぞれに
反復していたことだと思います。
上がったり下がったりしながら
各々で「キョー↑」「キョウ↓」
「クー↑」「クー↓」と
繰り返していれば雀の真似か発音練習か
周りの人は似たものを感じていたのだ
と思います。
そもそも雀が小鳥全般を意味している
かもしれません。
「門前の小僧~」は
小僧が真似するわけですが
「勧学院の雀~」は
雀が真似しているのではなく
「蒙求」を読む声と雀の鳴き声を
聞いた人が勝手に結びつけた連想です。
雀というのが藤原家の子供たちを
暗示しているという考えかたも
できると思います。
いずれにしても
「聞いているうちに覚えてしまった」
という意味とは違うように感じます。
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