価値観の違う情報に出会った時すぐに受け入れられるのか【楠露】
今日はクラブハウスで話していたメモをもとに頭に浮かんだことを綴っていきます。能の内容を知りたい方は「楠露 能楽」で検索すると見つかります。
1番に頭に浮かんだのは「認知バイアス」という言葉です。認知バイアスとは都合の良い情報だけを繋ぎ合わせてしまう情報の取り方の事です。なんでもそうですが、よい方向に働けばよいですが、悪い方向や思い込みに繋がるとしたら生きづらさに繋がってきます。
▶︎「楠露(くすのつゆ)」
昭和の時代は家庭でも学校でも男は泣かないとか泣くものじゃないと言われている。そこから遡ること600年。能の世界は男性もけっこう泣いてます。
こういう情報を見ると認知バイアスの強い人は「じゃあ泣くことを推奨しているのか」という極端に振れてしまうひともいます。
こんな時に「日本人は」「昔の日本人は」という大きな主語を聞くことがあります。これも一種の認知バイアスです。現代の日本人でも辛いことがあったらすぐに涙を流す人、グッと堪える人どちらもいます。「昔の日本人は」というよりは「昔の日本人の中には」くらいの方が説得力を感じます。
この「楠露」は楠木正成の涙を連想させられる言葉です。本文中にも「生先思ふ撫子にかかる涙や楠の露」とも語られています。
涙を流すかどうかと目的に向かって生きられるかは直結しているのか?
あるとき「クライング・フリーマン」という漫画を読みました。
主人公は戦う時にいつも涙をながします。こうした時に「泣く」「泣かない」と目的が達成できるかどうかは全く関係がない事だと思い始めました。
つまり目から体液が出ることと目的に向かう行動には全く関連性がないという事です。目を使うものに関しては視力が発揮できないデメリットはあるかもしれませんが拭けばすみます。
なにかと日々の出来事は感情に左右されます。泣くというと行為のようですが涙が出るのは生理現象です。これも感情と結びつけるといろいろな意味が出てくる。
そして目的に向かうれいとしてこの「楠露」はこのように語られています。
「獅子の子を生みて三日を経る時は数千丈の巌よりこれを投げて試みる。その子、獅子の気力あれば教えざるに中よりはね返りて死せずと云えり」
親の愛が得られなかったと感じている人は「毒親」「ドリームキラー」という言葉が流行ってました。
これもやりたいことを邪魔するドリームキラーというよりも本気度を試すドリームテスターのようなものです。人のせいではなく自分次第です。
サッカー選手が「ゴールを邪魔されるんです」とカウンセラーに相談はしないでえしょう。
こういうことしたいなーダメだよーであきらめるようじゃダメかもしれませんね。
私が能楽師になろうとした時、家族は反対されました。ところが入ってから面白いと感じたのは後継問題です。
名門の能楽師の家の親は子を能楽師にしたい、跡を継いでほしいと思うのは普通にあることだと思います。外から入った人は反対されて能楽師になる人もいる。
音楽家もおなじ、家が音楽家なら音楽家になってほしいと思う親はいるでしょう。会社員だったら音楽家は猛反対されるかもしれません。
こうしたことも認知バイアスです。知らないから認められない。それと自分の進む道はサッカーのシュートを打つ選手とゴールキーパーのようで役割が違うのですからあると思っていれば不快に感じることは合っても何の問題もありません。
人は認められるとフラストレーションが落ち着きます。認めてあげると中和されてしまう。
自分の進む方向が見えた時ドリームキラーは必ず出てきます。これが出てこないと何年も経ってから「これでよかったのか」と悩むことが多くなります。
ドリームキラーとはドリームテスターであり先々の迷いを防止してくれている存在と思うと有り難いですね。
誰でも自分に都合よくなるような「認知バイアス」を持っています。どんなに視点を変えるといっても自分という存在がある限り外れることもありません。手足のようなものですね。
あるときパラリンピックに出ている知人と食事をしたことがありました。座敷に上がると義足を反対に捻って肘掛けにしました。もう1人は捻挫で足を痛めて足を引きずっていました。パラリンピックにでている知人は「切っちゃったら一生痛くないですよ。肘掛けにもなるし」と冗談を言ってました。
認知バイアスは無理に捨てようとせず自分の目的の後押しになるように使えるといいですね。
明日は引き続きストレスの正体を深掘りしていきます。
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