日本書紀完読に向けて23週なぜか「ゆ」が気になる物語
23-0608
190→195
196→201
202→207
208→213
214→219
220→225
やはりこのときは自然と人が共存している感じがする。特に月の存在はおおきい。そういう意味で神代にあったことを読み返すと神々とは仕組みのことだろうと思えるようになってきた。
月読命も暦ができた擬人化ではないかと思えるようになった。また歌に出てくる「ゆ」がやけにきになる。
継体天皇から安閑天皇の時代は能「花筐」も合わせて読んでいきたい。
ものに因りて名を残すということも興味深いところ。位牌は儒教の習慣だという説もあるが日本でも自然発生うる考え方だと思う。倉ができて犬飼部ができたことも食物の貯蔵が進んできたことを感じさる。米は保存食であっていまだったら乾パンのような位置づけでもあったように思う。
感想いただけると嬉しいです
The following two tabs change content below.
森澤勇司(もりさわゆうじ)
能楽師小鼓方
1967年東京都生まれ。
テンプル大学在学中に見たこともない能楽界に入門し32歳で独立。
2000番以上の舞台に出演している。
43歳で脳梗塞で入院、
退院後、うつ状態克服のため心理学、脳科学を学ぶ。
復帰後は古典的な能楽公演を中心に活動している。
著書『ビジネス番「風姿花伝」の教え』
明治天皇生誕150年奉納能、
映画「失楽園」、大河ドラマ「秀吉」に
能楽師として出演。
2014年 重要無形文化財能楽保持者に選出される
最新記事 by 森澤勇司 (全て見る)
- 鳥追 - 2024年12月25日
- 日本書紀 完読会 11週目感想 - 2024年12月25日
- 日本の成り立ちアーカイブ - 2024年6月4日
- 日本書紀 完読会 38週 感想 - 2024年4月21日