日本書紀完読に向けて5週目は30巻のうち2巻読了【日本書紀5】

05  0203〜0209
160→165○○
166→171○○
172→177○○
178→183○○
184→189○○
190→195○○

自然、美人、情之委曲、など言葉の響きがここちよい。

彦火火出見尊の話が5階繰り返される。何度か読んでいるうちにプラトンのイデアの世界が浮かび上がってきた。

神話は時代も違うし肉体を持たないように思うが、吉田松陰、乃木希典のようにかつては生きた人間だったと思う。

神代の巻を読んでいると、これから起こることのひとつのテンプレートが示されているように思う。

役割が時代によって変わっても同じ物語になっている人間社会の本質が実は神代では無いかと思うようになってきた。

今週もまた何度もミーティングして「すぐにする」という返事をもらっていた事がされていないという事があった。これを当事者に言ったところでただの影絵でしかないので同じようなことは繰り返される。

神代には、人を動かしている奥にあるものにアプローチするための方法が角度を変えて内包されているように感じた。

聖書もあわせて読んでいると、返事をしないものは死、無理難題を押し付けてくるものは服従など、見ないでという約束を破ると永遠の別れになる、、地球を流れるひとつのエネルギーの方向では無いかと思う。

どういう事をすると、どういうことになるというパターンが示されているところは聖書にも共通のものがある。

では具体的にどんな気持ちでいるのが大切かという事が一切無いという事がまた興味深い。

解釈の変化を求める原始仏教に比べて、聖書、日本書紀は事実、行為というものを非常に重要視しているように感じた。

「”One who is faithful in a very little is also faithful in much, and one who is dishonest in a very little is also dishonest in much.」
‭‭Luke‬ ‭16:10‬ ‭ESV‬‬

「ごく小さな事に忠実な者は、大きな事にも忠実である。ごく小さな事に不忠実な者は、大きな事にも不忠実である。ルカによる福音書‬ ‭16:10‬ ‭新共同訳‬

決めた事をする事は何より大切と感じた週だった。

また古い仏典の中に決まりが守られていれば話題にもならないというような一節があった。

読了までのルールも一度決めた事通りに進める事で、運営などに捉われず読むことに集中しやすい環境になるという事を実感した。

またルールというのは人よりも各人の原則に従うという姿勢あってこそなので、あえて持ち出すのは一巻二巻に形を変えて語られる「見るなのタブー」に触れることになるのだろうと解釈した。

全員が最後まで読了する事が目的なので、合成の誤謬という矛盾が起きないようにしたい。小さいコミュニティでの小さな事は人の生き方の反映のように思えた。

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森澤勇司(もりさわゆうじ) 能楽師小鼓方 1967年東京都生まれ。 テンプル大学在学中に見たこともない能楽界に入門し32歳で独立。 1500番以上の舞台に出演している。 43歳で脳梗塞で入院、 退院後、うつ状態克服のため心理学、脳科学を学ぶ。 復帰後は古典的な能楽公演を中心に活動している。 著書『ビジネス番「風姿花伝」の教え』 明治天皇生誕150年奉納能、 映画「失楽園」、大河ドラマ「秀吉」に 能楽師として出演。 2014年 重要無形文化財能楽保持者に選出される